「退職したら、毎月いくらあれば暮らせるのだろう」
休日の朝、住宅ローンの返済予定表と年金の通知書をテーブルに並べても、答えはすぐには出ません。子どもの教育費が終われば家計は軽くなるはずです。一方で、再雇用後は収入が変わり、持ち家には修繕費もかかります。今の生活費をそのまま老後へ延ばしてよいのか、平均額を見ても判断しにくいところです。
老後の生活費は、全国平均から決めるものではありません。現在の支出を書き出し、「老後に減る支出」「老後も残る支出」「老後に増える可能性がある支出」に分け、さらに退職や年金開始、住宅ローン完済の時期ごとに計算すると、自分の家庭に必要な月額が見えてきます。
この記事では、50代夫婦が老後生活費を自分で計算できるように、家計の確認から期間別シミュレーションまで順番に進めます。まずは正確な数字を出そうと身構えず、現在わかる範囲で表を埋めてみましょう。
老後の生活費は平均より「わが家の月額」が大切
老後資金を考え始めると、最初に目に入るのが「夫婦で月○万円」という平均額です。目安を知るには役立ちますが、その金額をそのまま自分の予算にすると、住宅ローンや車、暮らし方の違いが抜け落ちます。
総務省統計局の「家計調査報告〔家計収支編〕2025年(令和7年)平均結果の概要」によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の消費支出は月26万3,979円、65歳以上の単身無職世帯は月14万8,445円でした。
ここでいう消費支出は、食料、住居、光熱・水道、保健医療、交通・通信、教養娯楽など、商品やサービスに支払った金額です。税金や社会保険料などの非消費支出は別に集計されています。実際の家計を考えるときは、生活費だけでなく、老後にも負担する税・社会保険料を別枠で見ておく必要があります。
また、この平均は、調査対象世帯のさまざまな暮らしをまとめたものです。住んでいる地域、持ち家か賃貸か、住宅ローンの有無、車の台数、健康状態、趣味や交際の範囲によって、必要額は変わります。平均より多いから使いすぎ、少ないから安心とは限りません。
平均額の役割は、わが家の計算結果と比べて、見落とした費目がないか確かめることです。老後生活費の答えとしてではなく、確認用の物差しとして使いましょう。
持ち家でも老後の住居費はゼロにならない
「持ち家だから、老後は住居費がかからない」と考えていると、シミュレーションが小さくなりすぎます。家賃を支払わなくても、家を維持するためのお金は残るからです。
戸建てでは固定資産税、火災保険料、外壁や屋根、給湯器、水回りなどの修繕費を見込みます。マンションなら固定資産税や火災保険料に加え、管理費と修繕積立金が続きます。管理費や修繕積立金は、住宅ローンを完済しても終わりません。
そして、50代の時点で住宅ローンが残っている家庭では、完済年齢の確認が欠かせません。65歳以降も返済が続くなら、「年金生活になれば住宅費がなくなる」という計算にはできません。繰上返済を前提にする場合も、手元資金をどれだけ残すかを含めて別に検討する必要があります。
住宅ローンの残高や完済時期を確認する手順は、記事029で詳しく扱います。この記事では、返済予定表にある毎月返済額と完済年月を、期間別の生活費へ正確に写すところから始めます。
修繕費は毎月同額で出ていく費用ではありません。それでも「壊れたときに考える」とすると、ある年だけ大きな赤字になります。たとえば、今後必要になりそうな修繕費を見積もり、使うまでの月数で割って、毎月の積立額として生活費に含めると見通しを立てやすくなります。金額がまだわからなければ、まずは予定欄だけ作り、見積もりを取った後で更新すれば十分です。
現在の生活費を明細から書き出す
老後の生活費を作る出発点は、今の家計です。家計簿を何年もつけ直す必要はありません。直近3か月から1年ほどのカード明細、銀行口座の入出金、通帳を見れば、主な支出は拾えます。
カード明細からは食費、日用品、通信費、保険料、ガソリン代などを確認できます。銀行口座や通帳では、住宅ローン、電気・ガス・水道、管理費、税金などの引き落としを探します。現金で使うことが多い費目は、1か月だけレシートを残すか、引き出した現金のうち何に使ったかを大まかに分けます。
毎月金額が変わる費用は、1か月分だけで決めないようにします。光熱費は季節差があり、固定資産税や自動車税、保険の年払い、冠婚葬祭費などは毎月の明細には現れません。年払いの支出は年額を12で割って月額に直し、日常の生活費へ足します。特別費の整理方法は記事028、毎月の家計の把握方法は記事020も確認に使えます。
まず、次の表を埋めてください。最初から1円単位にそろえるより、漏れなく書くことを優先します。
| 項目 | 月額 |
|---|---|
| 食費 | |
| 住居費 | |
| 光熱費 | |
| 通信費 | |
| 保険 | |
| 車 | |
| 日用品 | |
| 医療費 | |
| 趣味 | |
| その他 | |
| 合計 |
この表には、毎月の支出だけでなく、年払いを月額換算した金額も入れます。「その他」が大きくなったら、税金、交際費、家電買い替えなどに分け直しましょう。何に使うお金かがわからないままでは、老後に残るかどうかを判断できないからです。
現在の支出を3種類に分けて老後生活費を作る
現在の月額が出たら、すべての支出を一律に減らすのではなく、老後にどう変わるかで3種類に分けます。
老後に減る支出
教育費は、子どもの卒業や独立によって終了時期が見えやすい支出です。通勤定期、昼食、スーツなどの仕事関連費も、退職後は減る可能性があります。住宅ローンは、完済後であれば毎月返済額がなくなります。
ただし、「退職すれば全部ゼロ」とは決めません。再雇用で通勤が続けば交通費や仕事着は必要です。子どもの独立後も支援が続く家庭があります。住宅ローン完済後も、固定資産税や修繕費は残ります。減る時期と、減った後の金額を一つずつ決めることが大切です。
老後も残る支出
食費、光熱費、通信費、日用品などは、働き方が変わっても暮らしが続く限り必要です。生命保険や医療保険を継続するなら保険料が残り、車を持ち続ければ税金、保険、車検、燃料、整備、買い替えの負担があります。持ち家では固定資産税、火災保険、修繕費も続きます。
残る支出は、現在額をそのまま置くものと、契約や暮らし方を見直して金額が変わるものに分けます。たとえば通信契約や保険は確認できますが、無理に解約額を先取りして計算しません。変更を決めてから、その金額をシミュレーションへ反映します。
車の維持費は、毎月のガソリン代だけではありません。記事024を参考に、税金、保険、車検、整備、駐車場、買い替えまで月額換算しておくと、老後も保有できるか判断しやすくなります。
老後に増える可能性がある支出
医療費、住まいの修繕費、介護費は、年齢とともに負担が増える可能性があります。一方で、いつ、いくらかかるかを今の時点で断定することはできません。趣味や旅行も、退職後に時間が増えれば支出が増える場合があります。
不確かな費用を一つの数字に決めつけるのではなく、「通常月」と「支出が増えた場合」の2通りを作ると考えやすくなります。趣味や旅行は希望する金額を予算として置き、医療・介護・修繕は別の備えとして整理します。老後にやりたいことをすべて削って生活費を小さく見せても、実際に続けられる予算にはなりません。
3分類が終わったら、次の式で老後の月額を仮置きします。
現在の生活費
− 老後に減る支出
+ 老後に増える支出
= わが家の老後生活費
「残る支出」は現在の生活費に含まれているため、改めて足す必要はありません。増減する費目だけを動かすと、二重計上を防げます。
老後生活費を4期間でシミュレーションする
50代から先の家計は、ある日突然「老後」に切り替わるわけではありません。教育費の終了、定年、再雇用、年金受給開始、住宅ローン完済がそれぞれ違う時期に訪れます。そのため、一つの平均生活費ではなく、人生の流れに沿って4期間に分けます。
現在から60歳までは家計の土台を確認する
現在から60歳までは、給与収入がある一方、教育費と住宅ローンが重なりやすい時期です。ここでは「老後ならいくらで暮らせるか」を急いで決めるより、現在の生活費と特別費を把握します。
子どもの卒業予定、住宅ローンの完済予定、車の買い替え、家の修繕など、今後の大きな予定を年表に並べます。教育費がいつまで続くかは記事030も参照し、終了年月を曖昧にしないようにします。この時期の生活費は、先ほど作った現在の生活費一覧の合計です。
60歳から65歳は収入と支出が同時に変わる
60歳から65歳は、定年や再雇用によって収入が変わる一方、年金をまだ受け取り始めていない場合がある期間です。給与が下がる可能性だけを見て不安になるのではなく、通勤費や仕事関連費がどう変わるか、教育費が終了しているか、住宅ローンはいくら残るかを同じ表で確認します。
再雇用を予定している場合は、見込みの手取り収入を会社の制度や雇用条件で確かめます。まだ確定していなければ、楽観的な金額を一つだけ置かず、収入が多い場合と少ない場合を作ります。生活費は、現在額から確実に終了する教育費などを引き、残る住宅ローンや車の費用を足して求めます。
65歳から住宅ローン完済までは年金と返済が重なる
65歳以降は年金受給が始まっても、住宅ローンが残る家庭があります。この期間は、年金だけで日常生活費と返済をまかなえるかを確かめる重要な区間です。
年金は額面ではなく、ねんきん定期便やねんきんネットなどで見込額を確認し、税金や社会保険料も別に見込みます。住宅ローン返済額を住居費から落とさず、固定資産税、火災保険、修繕積立と並べて計上してください。
住宅ローン完済後は住居費の内訳を入れ替える
完済後は毎月返済額がなくなるため、生活費は下がります。ただし、固定資産税、火災保険、修繕費、マンションの管理費・修繕積立金は残ります。「住居費をゼロにする」のではなく、「住宅ローン返済を外し、維持費を残す」と考えます。
この時期は年齢が上がり、医療や介護、住まいの修繕が重なる可能性もあります。現在の暮らしを基準にした通常の月額と、追加費用を見込む場合を分けて持っておくと、必要以上に不安を膨らませずに備えを考えられます。
4期間の月額を次の表にまとめましょう。
| 期間 | 生活費 |
|---|---|
| 現在〜60歳 | |
| 60〜65歳 | |
| 65歳〜住宅ローン完済 | |
| 住宅ローン完済後 |
生活費の欄には、各期間の「減る・残る・増える」を反映した合計を入れます。さらに手元のメモには、各期間の収入、年金、住宅ローン、教育費も並べてください。生活費の数字だけを見るより、何が変わってその金額になったかを後から確認しやすくなります。
老後生活費と年金月額の差を確認する
期間別の生活費ができたら、年金を受け取る期間について毎月の差額を計算します。
老後生活費
− 年金月額
= 毎月不足額
たとえば、わが家の老後生活費が月27万円、夫婦の手取り年金が月22万円なら、毎月不足額は5万円です。反対に年金月額のほうが多ければ、日常生活費だけを見た月次の不足はありません。
ここで使う年金月額は、平均的な年金額ではなく、夫婦それぞれの見込額を基にします。受給開始前は見込額、開始後は実際の振込額を確認します。生活費と比べるなら、税金や社会保険料の扱いをそろえることも大切です。生活費側に非消費支出を含めるなら年金の手取り額と比較し、含めないなら税・社会保険料を別枠で確認します。
また、月5万円の不足が20年続く場合と、住宅ローン完済までの3年だけ続く場合では、必要な老後資金が違います。毎月不足額を期間ごとに合計し、まとまった支出も加える詳しい計算は記事025へ進んでください。
シミュレーションで不足が出たときの確認順
不足額が出ても、すぐに老後全体が成り立たないと決める必要はありません。まず、計算の前提を順番に確かめます。
1.生活費の見直し
最初に、現在の支出に使っていない契約や重複がないかを確認します。通信費や保険、定期購入などは、解約ありきではなく、今の暮らしに必要かを確かめます。食費や医療費のように生活や健康へ直結する費目を、根拠なく一律に削ることは避けましょう。
2.教育費が終わった後の家計を作る
現在の家計が重い理由に教育費が含まれているなら、終了後の月額を別に計算します。今の支出をそのまま65歳以降へ延ばすと、必要額を大きく見積もることがあります。ただし、卒業後の支援を予定している場合は、その金額と期間を残します。
3.住宅ローンの完済時期を確認する
毎月返済額、完済年月、65歳時点の残高を返済予定表で確かめます。完済後の生活費は下がりますが、固定資産税や修繕費まで消さないようにします。繰上返済は、生活防衛資金や今後の大きな支出との兼ね合いがあるため、シミュレーションだけで実行を決めません。
4.再雇用の収入と期間を確認する
60歳以降も働く予定なら、何歳まで、月いくらの手取り収入を得られるかで不足する期間が変わります。会社の再雇用制度、勤務日数、給与、社会保険の扱いを確認し、確定していない部分は複数の条件で計算します。
5.最後に老後資金の総額を計算する
生活費、教育費の終了、住宅ローン、再雇用の前提をそろえた後で、期間ごとの不足額を老後資金へ置き換えます。順番を逆にすると、現在の重い家計を何十年も続ける計算になったり、住宅ローン完済後の支出を小さくしすぎたりします。
必要なのは、不安を埋めるための大きな目標額ではありません。どの期間に、月いくら不足するかを見える形にすることです。
老後生活費シミュレーションは年1回更新する
今回作った数字は、一度決めたら終わりではありません。物価、家族の状況、働き方、年金見込額、住宅ローン残高は変わります。年に1回、ねんきん定期便が届いたときや、家計を見直す月を決めて更新しましょう。
見直す項目は多くありません。現在の生活費、教育費の終了予定、住宅ローン完済年月、年金見込額、再雇用の条件、大きな修繕予定です。前年の表を残しておけば、変わった箇所だけ直せます。
平均額を見て安心したり、不安になったりするだけでは、わが家の準備は進みません。今日できる最初の一歩は、カード明細と通帳を開き、現在の生活費一覧の「住居費」まで埋めることです。そこから支出を3種類に分け、4期間の表へ移せば、自分だけの老後生活費が形になります。
FAQ 老後生活費シミュレーションのよくある質問
- Q老後生活費は夫婦で月いくら必要ですか?
- A
総務省の2025年平均では、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の消費支出は月26万3,979円です。ただし、これは税・社会保険料を含まない平均的な消費支出で、住宅ローン、車、地域、暮らし方によって必要額は変わります。現在の家計から減る・残る・増える支出を分けて、わが家の月額を計算してください。
- Q持ち家なら老後の住宅費は不要ですか?
- A
不要にはなりません。住宅ローンを完済しても、固定資産税、火災保険、修繕費は残ります。マンションでは管理費や修繕積立金も続きます。住宅ローン返済と、家を維持する費用を分けて計算しましょう。
- Q年金だけで生活できますか?
- A
家庭ごとに異なります。夫婦それぞれの年金見込額を確認し、わが家の老後生活費から差し引いて判断します。平均年金額と平均生活費を比べるだけでは、住宅ローンや税・社会保険料の違いを反映できません。
- Q老後生活費に医療費を含めますか?
- A
現在の定期的な医療費は生活費に含めます。将来増える可能性がある分は、通常月の生活費へ大きな金額を混ぜるより、追加費用として別の条件を作ると確認しやすくなります。費用を断定せず、実績に合わせて更新してください。
- Q老後も車を持つ場合はどう考えますか?
- A
燃料代だけでなく、自動車税、保険、車検、整備、駐車場、買い替え費用を含めます。年払いの費用は12で割って月額にします。何歳まで持つかを決め、手放した後の交通費も別に見積もりましょう。
- Q老後生活費は毎年見直した方がいいですか?
- A
年1回を目安に見直すとよいでしょう。物価、家族の状況、住宅ローン残高、年金見込額、再雇用の条件が変わったときは、その都度更新します。前年の表を残し、変わった費目だけ修正すれば負担を抑えられます。
まとめ|老後の生活費は4期間に分けて考えると見えやすくなる
老後の生活費は、平均額だけで考えても、自分に必要な金額は見えてきません。
大切なのは、現在の生活費をもとに、「減る支出」「残る支出」「増える支出」を整理し、人生を4つの期間に分けて考えることです。
この記事で紹介した流れを、もう一度整理します。
- 現在の生活費を書き出す
- 老後に減る支出・残る支出・増える支出を整理する
- 「現在〜60歳」「60〜65歳」「65歳〜住宅ローン完済」「住宅ローン完済後」の4期間で生活費を考える
- 各期間の生活費と年金などの収入を比べ、不足額を確認する
最初から正確な金額を出そうとしなくても大丈夫です。
まずは、今の家計を書き出し、おおよその生活費を確認するだけでも、老後への準備は大きく前に進みます。
次の記事では、不足した老後資金をどの順番で準備すればよいのかを整理します。50代でも無理なく取り組める優先順位を、一緒に確認していきましょう。
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